・ねつ造注意。ジルニトラ編後、ガイアスさんがジュードを助けてくれたようです
まるで胎児のようだ。身体を軽く丸めてベッドで眠りに就くジュードの姿を見たガイアスは、ぼんやりとそんな印象を抱いた。
絶対的に守られた場所で、外を知らずに静かに目覚めを待つ子。それは、生と死の境にある存在だからかある種の不思議な雰囲気がある。
その状態から死をはねのけ外へ出てくるからこそ、赤子からは強い生命力を感じるのだろう。
しかし、今のジュードはどちらかというと死に魅入られている様な気がした。体力とか病気とかそう言う問題ではなく、心が。
「…寝ているな」
プレザが部屋に置いてほしいと渡してきた花を入れた花瓶を片手に持ち替えて、ガイアスはベッドの脇に座った。
紫色をした香りの少し強い花。名前は、何だったろうか。
「…また、泣いたのか」
スッと指でジュードの頬をなぞると、濡れた雫が指先についた。目じりに溜まっていた透明な雫がこぼれてベッドのシーツに落ちる。
よほど先日の出来事が心に響いているのだろう。
ジルニトラでミュゼの攻撃から守るために己の身を投げ打ったマクスウェル。直後に崩壊し、とっさに近くにいたジュードも連れ出して難を逃れたが、
それ以来ジュードはほとんどの時間を眠って過ごしている。
当然だ。何せ、自分の根幹をなす様な存在を失ったのだから。目の前で、何も出来ずに。
執着といっても過言ではないほどに心酔していた存在を目の前で失ったジュードの心中は、一体どのようなものだろうか。
「は……な……?」
不意に、掠れる様な声が聞こえた。覇気がなく、気を緩めたら聞き逃してしまいそうなほど小さな声。
ガイアスは子供を安心させるように優しい手つきでジュードの髪を撫でた。涙でぬかるんだ琥珀色の瞳がガイアスを映す。
「ガイ…アス…?」
「起こしたか」
「ここは……」
「カン・バルクの客室だ」
まだ意識がはっきり定まらないらしく、話し方もたどたどしい。ジュードはベッドから半身を起こし、意識を呼び起こすかのように片手を額にあてる。
「僕、は……ど、して…ここ、に…」
「……」
ガイアスはその問いに答えるのを躊躇った。ジュードがしっかりと今を受け止める力を持つなら、包み隠さず現在の状況を話しただろう。
今のジュードはあまりに脆い。それこそ触れれば一瞬にして壊れてしまいそうだ。このまま記憶が混乱したままでもいいのではないか、一瞬ガイアスの思考にそんな心がよぎる。
しかし、優秀すぎる彼の脳はそれを許しはしなかったらしい。
「あ……ぼく、ジルニトラ、に…それ、で…ジラ、ンドを…」
ジュードの言葉がそこで止まった。額に当てた手が小刻みに震えだし、瞳孔が見開かれる。
「あ……」
「ジュード?」
狂気を含んだようなジュードの声。異変を察知したガイアスはジュードの肩に手を触れた。
「どうした? おい、ジュー…」
バシッ
肩を掴んでこちらを向かそうとした手をジュードに振り払われる。その反動でガイアスの手から花瓶がこぼれ、床に落ちた。
床に花弁と水が混じり合って血だまりの様に広がっていく。
ジュードは頭を両手で抱え込み、悲痛な声で叫んだ。
「あ…う……あぁ、ミラ……ミラぁっ!」
「………っ」
その名が出た瞬間、ガイアスの顔が僅かに歪んだ。再びジュードに伸ばそうとした手が宙で動きを止める。
(あぁ、またか)
ベッドの上でもがくジュードの意識に、もうガイアスは映っていない。彼の意識はあのジルニトラにとらわれ続けている。
目を覚ますたび、ジュードは同じ事をずっと繰り返していた。
まるで、親を見失った子の様に。ただ、彼女を求めて叫ぶ。
「ぁあぁ…ミラ、ミラ……どうして、どうして……。……僕の、僕のせいで…!」
「…ジュード」
ガイアスはそっと後ろから手を伸ばし、ジュードの目を覆った。そのまま自分の胸元に抱き寄せる。
「ミラ……ミラ……助けられなかった……」
「ジュード。大丈夫だ」
刺激しないように、優しい声音でガイアスは囁く。
「ジュード、マクスウェルは死んでいない。
ここにいる
」
その台詞に、ジュードの肩がピクリとはねた。ドロリとした甘い毒を全身にしみ込ませるように、ガイアスは耳元で静かに続ける。
「ミラ……」
「ここにいる。だから、安心して眠ると良い。お前が嘆く様な事は何も起こっていないのだから」
「ミラ……よか、った………」
瞬間、ジュードは糸が切れたように意識を失い、ガイアスに身体を預ける様な体勢になった。
僅かに口元に微笑みさえ浮かべて眠るジュードの顔を見ながら、ガイアスは小声で呟く。
「……すまない、ジュード」
ジュードの耳には、ガイアスの声はミラの声にしか聞こえていない。何か術をかけたわけではない。
苦し紛れに一度やったところ、ジュードの「ミラに生きていてほしい」という意識が勝手に変換してしまうのだろう。
どれほど残酷な事かはわかっている。それでも、苦しむジュードを見続けるよりずっとマシだった。眠ってしまえば、夢の中は自由なのだから。
「せめて、眠っている間は笑っていてくれ」
ガイアスはそっとジュードの指にキスを落とした。先ほど錯乱した際にどこかで引っかけたらしい擦り傷が付いている。滲んだ赤い球を舌でなめとると、僅かに甘い。
「…また来る」
起こさないように静かにベッドから立ち上がり、花瓶を拾って部屋の外へ出る。扉を閉めて、深く息を吐いて、低い声で呟く。
「……死して尚、俺の邪魔をするか。マクスウェル」
いっそジュードの記憶を全て消す事が出来ればいいのに。自分の存在を忘れてしまうとしても、苦しむ記憶がなければ新しい人生を歩めるだろう。
少なくとも、一生過去に縛られ、狂っているよりいい。
それに…もし、記憶がなくなれば―――
「……フッ」
心の奥に湧いた想いを自嘲するようにガイアスは笑った。どうやら自分も狂気に飲まれ始めたのだろうか。
皮肉にも、今抱いたその思いは自分が持っている花の花ことばに酷似していた。
抱えた花はラベンダー。花言葉は
“私を想って”
羊水で眠る子
(忘れてしまえばいい。過去を、全て)
(そうすれば、俺を見てくれるようになるのだろう?)
end