「…し、しぬかと、思った………」



ようやく地面に足がつき、ジュードは安心感と疲労感にさいなまれてその場に座り込んだ。ジュード達が今いるのは人気のない丘だ。



「うむ……すまない。ついカッとなってしまったというやつだ」

「無理をさせたな。すまなかった」

「う……うん、だいじょうぶ……二人が大人しくしてくれるなら、それで……」



あはは、とジュードは心配そうに顔を覗き込む二人に笑ってみせた。それから改めてミラに視線を移す。しょぼんと落ち込んでいる姿は紛れもない、本物のミラだ。



「ほんとにミラなんだね」

「あぁ、そうだよジュード」

「でも、ほんとうに…どうして?」

「空腹の感覚に似たようなものがあってな、何か食べれば治るかとおもってこっちに来たんだが…」



ふふっ、とミラはジュードを見ながら笑う。



「君を見たら収まってしまったよ。どうやら足りなかったのは君らしい」

「み、ミラ……」



直球な台詞に思わず顔が赤くなってしまう。ガイアスが一瞬何か言いたそうにしたが、視線をそらして黙り込む。ミラが手を伸ばしてジュードの髪を撫でた。



「少し背が伸びたか?ジュード」

「そ、そうかな…」

「あぁ、少し顔つきも変わってきた」

「ほんと?あんまり自覚ないんだけど……」

たくさん話したい事があるのに、いざとなったら思いつかない。そうこうしているうちに、日が西の空に少しずつ沈み始めた。

それに連動するように、ミラの身体が徐々に光の粒子に変わっていく。



「ミラ!」

「今日は君に会えてよかった。必ずまた来る。それと、ガイアス」



不意に話の矛先がガイアスに向き、静かに視線が交差する。



「ジュードを悲しませていたら、私が精霊界に連れて行くぞ。ミュゼに道を開いてもらえる事がわかったからな」

「…なら永遠に機会はない」



フンッと強気の笑顔を残して、ミラの姿が夕闇に溶けた。ミュゼの力があれば、また会えるのだろうか。

黙ってジュードがミラの消えた先を見つめていると、グッとガイアスに肩を引き寄せられた。ジュードはガイアスにしなだれかかるような体勢になる。



「ガイアス……?」

「…そんな顔をされると、ミュゼの力がなければいいと思ってしまう」



視線を合わせないまま、ぼそりと言われた台詞に顔が火みたいに真っ赤になった。回された腕や触れている身体から熱が伝わってきて、余計に動悸が早くなる。

ガイアスは俯いているジュードをちらりと見て、また視線をそらした。



「ここに来たのはローウェンに言われたからだと、さっき言ったな」

「…うん」



ジュードの心に少しだけ影が差す。ガイアスはジュードと視線を合わせないまま、「だが」と付け加えた。



「それは口実にすぎん。…俺は、お前に会いたかった」

「え……っ?!」



ジュードは弾かれた様に顔を上げた。こっそり落ち込んでいた事を見抜かれていたのだろうか。

いつの間にかこっちを見ていたガイアスと至近距離で視線が合う。



「約束を気にし過ぎて無理をしてるのではないか、危険な目にあってはいないか、気が気でなかった」

「…そ、そんな、僕は、ガイアスの方が心配だよ」

「俺が?」

「ガイアスはいつも一人で何とかしようとするから、僕よりもずっと無理してると思うし…」



ジュードの言葉はガイアスが不意に落としたキスで塞がれる。一度離して、今度は少し深くキスを落とす。

顔を離して、よく見なければわからないほど小さく微笑む。



「そうして心配してくれている限り、俺は平気だ。お前はお前のなすべきことを…」

「考えろ、でしょう?」



言葉を引き継いだジュードはクスクスと笑った。それから不意に目を瞬かせ、ゴシゴシと擦った。



「眠いのか?」

「あ…いや…最近ちょっと不規則だったからかな……。でも、だいじょうぶ…」

「寝ていろ。起きるまで傍にいる」



髪を撫でて優しくそう言うと、ジュードは安心したように頭をガイアスの肩に預けた。

しばらくそうしていたが、ふとジュードがガイアスの名を呼んだ。

「…ガイアス」

「何だ」

「…僕、頑張るから、源霊匣を確立して、約束守るから」

「…あぁ」

「…頑張ろうね……」



最後の台詞はしぼむように消え、すぐに規則的な寝息が聞こえ始める。

倒れたりしないように位置をずらし、ガイアスは背後の木に背を預けた。日はもうほとんど沈み、空は紺色が徐々に深みを増している。

また明日になればガイアスは王として、ジュードは研究者としての日常に戻る。そうしたらまたしばらくは会えないだろう。



「だが今は、今だけは、お前の為だけに傍にいる。だから安心しろ、ジュード」



小声で囁いて、そっと髪にキスを落とす。愛おしげにその髪を撫でながら、ガイアスは静かに瞳を閉じた。







(この幸せを守るためなら、きっと何でもできる)


end