子供は友達を作るのに苦労しない。一緒に遊んだら友達、それだけ。

記憶はないがきっと俺もそうだったんだろう、と上条は思う。

なのにこの状況は一体何なんだろう。



「……………」



何も知らない人が見たらここは葬式会場かと思いそうなぐらい重苦しい空気。

決して安らげる雰囲気ではない部屋の中、上条はミカンを剥きながらチラリと目の前に居る人物を盗み見た。



「………………」



そう大きくもないコタツを挟んだ向こうにいるのは、学園都市最強の能力者である一方通行。部屋に居るのは上条と一方通行の二人だけである。

なぜこうなったかというと理由は簡単で、早朝やってきた打ち止めが「ミサカはミサカはそこのシスターさんと仲良くなりたいかも

ってお買い物に誘ってみるー!」とインデックスを連れ去ったのだ。

ついていこうとしたら何故か怒られ、仕方ないので置いていかれた者同士で帰りを待っているのだが…



「……オイ」

「え?!」



つまらなさそうに頬杖をついてテレビを見ていた一方通行の赤い瞳が上条を捉えた。

まさか目が合うとは思っていなかった上条は過剰反応して思わずミカンを落としてしまう。



「な…え……どした?」

「…何ジロジロ見てやがンだ?」

「えー…っと…あははは何のことやら……」



しどろもどろな上条に訝しげに眉を寄せた一方通行だったが、すぐに興味が失せたのかテレビに視線を戻す。

テレビには今売り出し中のタレントがクイズに挑戦している所だった。

テレビに視線を向けるふりをしつつ一方通行を見ていた上条は、何気ないような口調で言った。



「…一歩通行って、こういう子が好みなのか?」

「…お前、俺がこんな頭カラッポそうなバカに熱上げるバカに見えンのか?眼科行って来い」

「スイマセン…」



ギロリと睨まれ、上条は思わず反射的に謝った。最近謝罪スキルばかり向上してる気がする。

上条の台詞でクイズ番組を見る気が余計に失せたのか、一方通行はリモコンでニュース番組に切り替えた。

この部屋の主は上条であって、チャンネルを許可なく変えるのってどうなんだろうとも思ったが、

『まぁどうせ見てなかったし良いか』と大人しく納得するにとどめた。すっかりヒエラルキー最下層の扱いに馴れた上条である。



「…なぁ」



ミカンを食べきった上条がおずおずと声をかけると、一方通行は気だるそうに視線だけを動かした。



「ンだよ」

「腹……減らね?」

「訂正だ。脳外科行け。自分が今さっきまでミカン食ってたことも忘れるとか重症だ」

「あ、いや、俺じゃなくて、お前が」



ここに来てから一方通行は何も口に入れてない。さすがに昼すぎだしお腹空いたんじゃないだろうかと思ったがゆえの台詞なのだが、

一方通行は忌々しそうに顔をしかめただけだった。



「ココに来る前に黄泉川の野郎に死ぬほど詰め込まされた。むしろ胃もたれ寸前だ」

「そ、そっか…」



学園最強能力者を幻想殺し無しでいなす警備員……。なんとなく学園最強は黄泉川じゃないかと上条はひそかに背筋を震わせる。

再び沈黙が室内を支配し、上条は改めて一方通行を観察した。



(こいつって…ほんとに細いよな……)



“絶対能力”実験の時にはあまり気付かなかったが、こうやって見ると本当に華奢な身体だ。

あの時は狂気を感じた赤い目も、今は比較的穏やかな色をたたえている。

何かと彼は「悪党」だの「化け物」だのと自称するが、上条から見れば今の一方通行は普通の人間だ。



(………んー…でもなぁ…妙にこいつ俺と距離取るんだよなぁ…)



上条は口の中だけでそう呟き、内心で頭を抱える。

元々あまり人の輪に加わろうとしない一方通行だが、上条にだけは更に距離を取っている気がする。

警戒されているというか、嫌われているというか、どちらにせよ妙に寂しい。

先程から意識してコミュニケーションを取ろうとしているのも、一方通行との距離を詰めたい一心からだ。

“お友達が欲しい”という年でもないだろうが、記憶の無い上条にとって今の友好関係は「前の上条」の築いた関係が多い。

別に不満は何も無いのだが、何となく今の自分だけの友達が欲しい、と思う。

そんな中、科学サイドで(多分)同年代で同性で「前の上条」の知り合いでない一方通行は、仲良くなりたい人間の一人なのだ。



(話しかけりゃ応えてくれるし、悪い奴じゃないしなぁ……)



こうなりゃ行動あるのみだと、上条はコタツの近くにあった小さなケースを手に取って再び声をかける。



「な、なぁ」

「…ンだよ」

「オセロしねぇ?」

「しねェ」



一秒の思案もなく切り捨てられ、さすがの上条の心も呆気なく折れそうになった。

だがせっかくインデックスも打ち止めも居ないんだから友好を深めるなら今しかない…!と奮い立たせ、上条はわざと馬鹿にするような声音に変えた。



「い、いやー…一方通行さんは自信ないのかなー?」



あからさまな挑発に、一方通行の肩がピクン、と反応した。すかさず上条は畳みかける。



「俺オセロとか超強いから、無敵だからさー」

「…どォやらご機嫌な脳みそで勘違いしてるみてェだから教えてやるが…」



一方通行は、視線だけで人殺せるんじゃないかと思うほど冷えた眼光で上条を睨み据えながら、自分のこめかみをトントンと指で叩いた。



「俺の頭脳が学園都市一位のモンだって忘れてねェか?」

「だったらやろうぜー。一位なんだろ?」

「クソが…格の違いを見せてやる」



上条がニヤニヤしながら言うと、一方通行は上条に真正面から向き合う様に姿勢を変えた。

そして上条の手からケースを奪うと折り畳み式のオセロセットをコタツの真ん中に置く。

白を表にした石を上条の方に押しやると、黒を表にした石を指先で弄る一方通行は不機嫌そうに言った。



「テメェからだ。盤上真っ黒にしてやるから覚悟して打ちやがれ」

「………」



いつまでも黙っているのを不審に思ったのか、一方通行がジロリと上条を見る。



「ンだよ、お望み通りやってやるって言ってンのに文句アンのか」

「あー……いや、何でも無い」



一瞬言ってしまおうかとも考えたが、結局上条は言葉を濁すにとどめた。

なんだか遊びに躍起になる子供の様でおかしかった、と言えばきっと彼は怒るだろう。下手するとゲームも止めてしまうかもしれない。

まだ、それを笑って流せるような関係ではない。焦らず少しずつ距離を詰めれば良いだろう。



「じゃ、俺からな」



これが終わったら次は何をしようか、と近い未来に思いを馳せつつ上条は最初の一手を打った。







(さて、次の一手はどうしようか?)




end