「一応言っておくけど。これの威力、見くびらない方がいいよ? 《紋石》で威力増幅してるからさ」


矢を放った体勢のまま、アルファは暗く微笑んで弓を振ってみせる。弓のちょうど握るところに、仄かに

緑の燐光を放つ石が埋め込まれていた。色は違うが、エリスの腰に差された剣にも似たものが埋め込まれている。


「…威力は良いんだけどさ…。私の頭かすらなかった?今」

「気のせいじゃない?」


真顔でシレっと返され、エリスはそれ以上の追及を諦めた。再び男達の方を向き、腰に手を当てる。


「盗んだもの、返してくれない?」

「馬鹿かてめぇは! 返してくださいと言われて返すやつがどこに居る!」


プチン、と何かが切れる音がした気がした。エリスは下を向いて表情が見えず、アルファは笑いをこらえるように

口元に手を当てる。エリスが顔を上げた時、そこに浮かんでいたのは満面の笑顔。

ただし、目が1ミリも笑っていない。

何とも言えない迫力に、男達は僅かに後退した。


「……誰が」


一気に力を足に集中させて大きく前に跳躍する。男達がエリスの姿を捉えた時には、既に男の目の前で

足を振り上げていた。男が鉈の様なものを構えようとするが、アルファによって射られた矢がそれを弾き飛ばす。


「誰が、馬鹿だこらあぁぁぁぁっ!!」



エリスは足を勢いよく振り下ろし、盛大に男の頭を蹴り飛ばした。着地し、鬼の様な形相でもう一人を睨みつけると、

男はビクッ!と身体を震わせた。


「ま、まて! 返すから! 返すからやめ…」

「問答無用!」


エリスは叫んで男の顎を蹴りあげ、男は泡を吹いて転がった。沈黙が訪れた路地で、エリスは力なく伸びた

男達にイーっ!と歯を見せて叫ぶ。


「馬鹿はそっちだ!牢獄で反省してこい!」

「もう聞こえてないと思うけど…」

「なんで強盗に馬鹿扱いされなきゃ……」


いけないのよ、という台詞は、突如エリスの足元から噴出した黒い煙によって阻まれた。

煙は生き物のようにうねり、槍の形となってエリスの身体を貫こうとする。


「魔法?!」


瘴気を呼び出して操る、低級でもそこそこ威力のある魔法。エリスは間一髪横に転がって避けたが、煙はすぐに

新たな槍を形成して追撃してくる。アルファに助けを求めようとするが、彼も煙に襲われて防戦一方だった。

少女をかばってる分、迂闊に動けないのだろう。

魔法はその場にいなければ発動できない。エリスは素早く周囲を見回した。隅の木箱の後ろに男が一人隠れている。

冷静に考えれば、遠くから見たときには5人だったのに倒したのは4人だった。

あまりの凡ミスにエリスは舌打ちする。


「死ね!」

「エリス!」


アルファの絶叫に弾かれた様に上を見ると、ちょうど煙の槍が振り下ろされるところだった。

逃げようにも逃げ切れない。エリスは紫の瞳を大きく見開き、息をのんだ。

視界の端に、何か叫んでいるアルファの姿が見えた。その身体がぼんやり光っているように見えたが、確認する前に

槍が眼前に迫る。槍はそのままエリスの身体を両断するかに思われた。


「はー…せっかく楽できると思ったのになぁ」


面白がるような声と共に後ろから手が伸びてきたのはそれからすぐの事だった。手はエリスの肩を引っ張り、

声の主が槍とエリスの間に滑り込んでくる。振り下ろされた槍はもう片方の手に握られた短剣で一閃され、

そのまま霧散した。


「隊長……っ?」


赤に近い茶色の髪を風に揺らした青年は短剣をしまい、エリスに「おう」と軽く手を振った。

濃い青色の瞳を細め、好戦的な笑みを浮かべる。


「俺の部下に剣向けるたぁ、いい度胸だな。…ま、いらない度胸だけど」


男に向かって勢いよく走りだした青年に、男は泡を食った様に煙の槍を操って襲わせる。だが、遅い。

青年は無駄なく危なげのない動きで槍を全て避けると、男の顔面に拳を叩きこんだ。


「かは……っ」


盛大に鼻血を吹きだしながら倒れた男は、そのまま動かなくなった。


「牢獄で反省してこい!なーんてな」


青年は髪をかきあげて、昏倒した男に向かってエリスの言葉をマネしてみせる。


「ラディ隊長……すいません、ありがとうございます」

「詰めが甘かったな。でもまぁ…無事でなによりだ」


エリスが頭を下げると、ラディと呼ばれた青年は励ますようにエリスの頭をポンポンと叩いた。


「エリス、大丈夫? けがは?」

「え? いや、大丈夫だとおもう」


アルファがエリスに駆け寄り、傷がないか腕などを見始める。

エリスはされるがままの状態でアルファを改めて見るが、その体はどこも光っていない。


「あのさ…アルファ、さっき」

「ん?」

「…うぅん、なんでもない」


エリスは気にしないで、と首を振った。見間違いだよね、と心の中で整理をつける。


「これだけ叫んだし、そのうち仲間も来るな」

ラディの言葉通り、数分と経たないうちにバタバタバタと騒がしい足音と二人の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

中には少女を呼ぶ声もある。


「おかあさん! おとうさん!」


「エーニャ!」


少女の両親らしい二人の男女が駆け寄ってきた。少女が駆け寄ると両親は力強く抱きしめる。

その後騎士達が追いつき、代わる代わるエリス達の背を叩いてねぎらった。


「エリスもアルファもおつかれー」

「図体でかい男相手によくやるよなぁ」


口々に二人をねぎらう声の中、ラディをねぎらうセリフは見当たらない。


「おい待てこらお前ら。俺はどうした」

「隊長は…ねぇ……」

「勝手に突っ走ってるだけじゃないすか」

「…お前ら後で覚悟しとけよ」


ラディが恨みがましく言うと、騎士たちは素知らぬ顔で気絶した男達の回収に向かう。ワイワイと

騒がしくなった路地でエリスが立っていると、ラディがアルファとエリスの肩に手をまわしてのしかかってきた。


「隊長、重いです!」

「なんだよー。実践実習の評価教えてやろうと思ったのによー」


唇を尖らせて拗ねたように言うラディの言葉に、エリスとアルファの肩がピクリと動く。

すっかり忘れていた。今回の任務は王立騎士団候補生から準騎士への昇格試験でもあったのだ。

真顔に戻った二人に苦笑しながら、ラディは咳払いを一つする。


「まぁ、あれだ。粗削りだが、初めての実戦にしちゃあ上出来だろ。エリスは人命救助を優先出来たし、
アルファもサポートしつつ守ってたし」

それで…だ、ともったいぶるようにラディは言葉を切る。エリスは息を呑んで、言葉の続きを待つ。

ほんの数瞬が永遠に感じられた。


「エリス・グランティア、アルファ・セルデス候補生。両名を本日付けで準騎士への昇格を認める!」

「……あ……」

高らかに宣言されたその言葉に、エリスは口をグッと引き結んで込み上げてくる感情を抑えた。

喜びと言うより、気が引き締まる思いだった。

これはまだ夢への一歩に過ぎない。厳しく言えば、まだ準騎士なのだ。それでもようやくスタートラインに立てた。

その一歩は大きい。

エリスはアルファと共に、いつの間にか集まってきた騎士達に向かって胸の紋章の前に右こぶしを重ねた。

正式な騎士の礼。それを見たラディはニヤッと笑う。


「正式通達はまた後日として…。期待してるぜ、二人とも」

「はいっ!」


元気よく返事をするエリスたちを祝福するように、夜空の星はキラキラと瞬いていた。