ずっと夜だったイル・ファンに日が差している光景というのは、随分変なものだとジュードは思った。

常に暗い事を前提として町を作っているから余計に違和感があるのかもしれない。



「…これで、僕の発表を終わります」



窓から差しこむ光を見て人前での緊張を紛らわしながら、ジュードはそう締めくくった。

パチ…パチ…とまばらな拍手。その拍手も建前的な感じで、ほんの少し心が重くなる。



「…難しいなぁ……」



源霊匣はなかなか受け入れてもらえない。エレンピオスでも一部の研究者しか知らないものだし、リーゼ・マクシアの人にとっては尚更だろう。

それでも諦めるわけにはいかない。



(ガイアスも頑張ってるんだし、ミラもきっと頑張ってる。僕も頑張らないと)



ジュードの目標はまだ夢物語だ。それを現実に出来る日を信じて、ガイアスは世界を支えてくれている。

ミラも精霊の誕生を見守ってマナを司るマクスウェルとして世界を守ってくれている。なら、自分が休むわけにはいかない。

自分でパシッと気合を入れる様に両手で頬を叩いていると、一人の男がジュードの居る所に近寄ってきた。



「マティス君だね?君の発表聞いていたよ。」

「あ、ほ、ほんとですか?!」

「あぁ。ぜひ今度話を聞かせてほしい。来週末は空いてるかね?」

「はい!」



差しだされた手を強く握る。理解者が増えてくれるのは本当にありがたい。どうしても自分だけでは追いつかないし、理解者が増えれば普及も早まる。

軽く相手に会釈をしてそのまま廊下へと向かう。

発表終了直後よりは心が軽くなり、自然に足取りも軽くなる。だから、注意力がかけていた。



「わっ!」



扉を開けた時、目の前にいた相手に思いっきりぶつかってしまった。その勢いで身体のバランスが崩れ、前のめりになってしまう。

慌てて立て直そうと足に力を入れた瞬間、



(……え?!)



思ったより身体に力が入らず、立て直せない。ジュードはギュッと目を閉じて来る衝撃に備えた。



「おい、大丈夫か」



低いトーンでそう声をかけられ、ジュードは自分が誰かに支えられている事に気付いた。そっと目を開くと、ジュードの肩に手が回されている。

袖は白衣だから、研究者の誰かだろうか。

何度もゆっくり瞬きをして深呼吸を繰り返し、何とか思考回路に冷静さを取り戻す。と、そこである事に気づいた。



(今の声、どこかで聞いた様な…)



物凄く聞いた事がある声。でも、記憶が確かなら“あの人”は白衣ではないはずだが……。



「…いつまでその体勢でいるつもりだ?」



呆れた様な声が降ってきて、ジュードは恐る恐る振り返った。鋭く強い意志を秘めた赤い瞳と黒い髪。



「が………ガイアもぎゅっ!」



思わず叫ぼうとした口を手でふさがれる。もがもがと言いながら、ジュードは確信した。

間違いない。どう考えても目の前の男はガイアス本人だ。しかし、何故かガイアスはいつもの格好ではなく白衣に伊達眼鏡という研究者スタイルに袖を通していた。



「…ちょ、ちょっとこっちに!」



ようやく手を口から離してくれたガイアスの腕を掴み、猛ダッシュで自分の個人研究室に飛び込む。元はハウス教授の部屋で、ジュードがそのまま受け継いだのだ。

念のために鍵をかけて一息吐くと、ジュードは大きく息を吸ってガイアスの方を向いた。



「何であなたがここにいるの!?っていうか、その、格好は?!」



敬語とかそういう概念が全て吹っ飛んでいたが、ガイアスは特に気にした様子もなかった。「ちょっと待て」と、伊達眼鏡をはずしてポケットに入れる。

何となくその動作が色っぽくてドクン、とジュードの心臓がはねた。最近全然会ってなかったせいか、かなり緊張する。



「ローウェンにお前の様子を見てこいと言われた。ちょうど仕事もひと段落した所だったからな」

「そ、そうなんだ……」

「これは、その時にローウェンに着て行けと押しつけられた。あの格好だと目立つだろう、と」

「あぁ……」



その件に関して否定はできない。エレンピオスはともかく、リーゼ・マクシアでガイアスを知らない人はほとんどいない。

ただでさえ目立つ容姿にあの格好は一目瞭然だろう。とはいえ、研究者は大抵不健康そうに痩せている人が多い。

服の上からでも鍛えられているとわかるガイアスは正直違和感の塊でしかない。本人は特に気にした様子はないから良いのかもしれないが。



(でも……ローウェンに頼まれてかぁ…)



正直、ちょっとジュードの様子を見に来たと言われるのを期待していた自分がいた。

物凄く忙しい中ローウェンに頼まれてでも何でも来てくれたこと自体嬉しいのだが、つい欲が出てしまう。



(ってだめだめ、ガイアスは僕らの約束の為に頑張ってるんだから!)



心の中の欲を必死に振り払う様に頭をブンブンと振る。一人百面相を繰り返しているジュードを不思議そうに見ていたガイアスは、スッとジュードの頬に手を伸ばした。



「だが、俺は……」



何かをガイアスが言おうとした瞬間、



パリーンッ!



「私のジュードから手を離せガイアス!」

盛大に窓が外から割られ、人が飛び込んでくるなりそう叫んだ。ガイアスはすばやく振りかえるなり、どこに隠していたのか長刀を侵入者に向ける。

ガイアスの背中越しに侵入者を見たジュードは、驚きすぎて一瞬息が止まるかと思った。

目の前にいたのは、もう会えないかと思っていた存在。



「ミラ…………?!」

「ジュード、久しぶりだな」

「ど、どうしてここに…?」

「ミュゼの力でな、一時的にこっちにきている」



愛おしそうにジュードに向かってほほ笑んだ後、キッとガイアスを睨む。



「そこをどいてもらおう。ジュードと私の再会を邪魔する気か」

「こっちの台詞だマクスウェル、久々の再会を邪魔するな」

「語る言葉はないな、時間がもったいない。ジュードは私とゆっくり話をしたいはずだ、カン・バルクに帰るがいい」

「ジュードは俺と話している。大人しく精霊界に帰れ」

「…やるというのか」

「受けて立つぞ」

「ストーーーーーーーーーーーーップ!!!」



ミラまで剣を構えて今にも戦闘がはじまりそうな空気を感知したジュードは、思わず大声で叫んだ。



「俺の後ろで待っていろジュード、30秒だ」

「ふん、やれるものならやってみろ」

「だからストップ!ストップって言ってるよね?!僕!」



なんて人の話を聞かない人たちなんだ。ジュードはとりあえず目の前にいるガイアスの腕を掴んで止めた。

どちらかが動けなければもう一方も手は出さないだろう、という考えからの行動だったのだが、



「…そうか」



何をどう理解したのか、ガイアスがジュードを片手で抱え込んだ。まるで木材でも運ぶように肩に担がれる。



「うわっ?!」

「口を閉じろ、舌をかむ」



短くそう言うと、ガイアスはミラをけん制するように長刀を振る。飛び退って一歩後退した隙に、割られた窓から飛びだした。



「来い、ワイバーン!」



ガイアスが鋭く叫ぶと、上空を旋回していたらしいワイバーンが勢いよく下りてくる。手綱を掴んでジュードを放り投げる様にして乗せ、

その腕を自分の腰に回させると、そのまま素早く上昇した。



「うわぁぁぁあぁぁぁっ!」



反射的にガイアスの腰に回された腕に力を込める。ワイバーンは旅の時乗った以来だが、どうしても馴れない。というか怖い。



「逃がすか!…シルフ!」



風の大精霊を呼んで、ミラが素早く追いついてくる。そしてガイアスにしがみついているジュードを見て、信じられないというような声を上げた。



「ジュード!何故ガイアスにしがみついてるんだ!」

「怖いからだよ!」

「…まだついてくるか、速度を上げろワイバーン!」

「やめて!お願いだから!」

「ジュード!そいつから離れてこっちに来い!」

「無理!怖いんだってば!」



必死の説得の末降ろしてもらえたのは、それからしばらく経ってのことだった。



・…・……