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 服装はホットパンツとシャツの上に黒のロングコート、何故か左手にだけ手袋をはめている。 腰まである黒髪を紐で無造作に一つに束ね、面倒くさそうに細められた双眸も黒色。
露出した肌だけが白く月光に照らされていて、ディオは思わず自分の置かれている状況を忘れて見つめてしまった。

「…これ、死んだか? うん…脂肪の塊っぽいし、大丈夫か……」

 女性はディオたちには目もくれず、男から降りてブーツのつま先でツンツンと蹴る。 その扱いから察するに男の仲間ではないらしい。

「あーあー……レイ、何してるんですか。人はマットじゃありませんよ」

 近くの路地から現れたのは、不思議な形状の服を着た優しそうな顔つきの少年。年は18くらいだろうか。 袖口が長いその服は、ディオが昔仲良くしていた劇団の人が東の国の服だと言っていた服に似ていた。
レイと呼ばれた女性は居心地が悪そうに視線を逸らして「だって」と口を尖らせる。

「こんな所に人がいるだなんて思わないだろ、普通」

「慢心は事故の元ですよ。体脂肪率高そうな方だったから良かったものの、細い人なら即死ですよこれ」

「…おい、奏。それは私が太ってるって言いたいのか」

じとっとしたレイの視線をうけた奏は「まさか」と優雅に微笑んだ後、ディオの傍にいるペンギンに視線を移す。

「ユートさん、お疲れ様です。相変わらずかっこいいですねぇ」

 ユートと呼ばれたペンギンはちらりと奏を見た後、当然だという様にクチバシを上に向けた。 ウェストバックから日干しの魚を取り出して食べ始める。もう自分の仕事は終わったとでも言いたげな態度だ。

「あぁ悪い、名乗るのが遅れたな」

 ようやくこっちに気付いたらしいレイが、気絶しているのを確認するように男を蹴ってから ディオ達の方に身体を向けた。

「私はギルド“鴉の片翼(レイヴンウィング)”のマスター代理、レイだ。こっちは奏で、ペンギンがユート」

レイは自分と奏とユートをそれぞれ指差した後、腕を組んで「それで…」と言葉を続けた。

「お前らが“サルバーン”か?」

 その言葉に男達を取り巻く空気が変貌した。訳のわからないものを値踏みするような視線が、 息も止まりそうなほど鋭い殺意に変わっていくのがディオでも分かる。

「…てめぇ誰だ」

ドスのきいた男の言葉にレイは「ん?」と首を傾げた。

「お前ら“てめぇ誰だ”っていう集団なのか? 変わってるなぁ……」

「チゲぇよクソが!てめぇは誰だって聞いてんだよ」

「そうか、“てめぇは誰だって聞いてんだよ”って集団なのか……」

「ちげぇっつってんだろ!」

「違うならちゃんと答えろ。“質問”の後には“回答”があるのが世間の常識だ」

 刃物や銃を持った男ら相手に、まるで近所の人間とでも気軽に話す様な口調と態度。 天然なのか計算なのかは分からないが、ディオは一連のやりとりを食い入るように見つめていた。

「全く…私は“イエス”か“ノー”の二択質問をしたつもりなんだが、何でこんなに手間取るんだ?」

「あぁそうだよっ!俺らは泣く子も黙るサルバーン団だっ!」


半ばやけくその様に吐き捨てられた男の台詞を聞いて、レイは失笑した。


「泣く子も黙るって、今時子供向けアニメでも言わないぞ」

「うるせぇ!黙れクソやろうが!」

 羞恥心と屈辱で顔を真っ赤にした男がナイフを女性に向けて突っ込んだ。 しかしレイは呆れた様なため息を吐いただけで、左手を口元に持っていって手袋をはずし、一言

「遅い」

瞬間、レイの姿が消えた。

「ぐっ!」

 次に聞こえたのは男のくぐもった断末魔。そしてぐらりと地面に倒れこむ男と、その背後で手刀を打った 体勢で立つレイの姿だった。手袋を取り去った左手の甲には黒く光る水晶の様なものが埋まっている。
それを見た瞬間、男達の表情が激変した。すなわち、怒りから恐怖へ。

「 こいつ……“魔鉱石”を……直で?!」

 男が叫んだ台詞で、ディオはあの水晶が魔鉱石である事を知った。魔鉱石自体はディオ程度でも知っている。
 魔鉱石は所有者の力を増幅させ、“魔法”を使えるようにするものだ。エネルギーが高密度に濃縮されているから 身体に直接埋め込むと死んでしまうらしく、本来武器や装飾品につけるもののはずだ。 しかし、目の前のレイはそれを左手の甲に直接つけている。一体どういう事なのだろう。

「まさか、お前……大戦の、遺物…“ネームレス”……?」

男の一人が震える口を必死に動かしてそう言うと、レイは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「“ネームレス”って……化け物じゃねぇか!」

「化け物、ね…」

恐怖の感情と共に吐き捨てられた台詞に、レイは僅かに自嘲的な笑いを見せる。

「まぁ、いいさ。で?お前ら、その化け物とやるのか?」

 先ほどまでのとぼけた表情とは打って変わった静かな眼光。見据えられた男たちは得体のしれない圧力に 押されるようにジリジリと下がった。やがて男の一人がナイフの刃先をレイに向けるのを見た仲間の男が、 面食らってその腕にすがりつく。

「お、おいっ!あいつ、なんかやべえよっ!引いた方が!」

「うるせぇ!このまま下がったんじゃ“サルバーン”の名折れじゃねぇか!」

 その言葉に己を奮い立たせたらしい男達が次々に武器を構えだす。それを見た奏は、耳に横髪をかけながら 気だるそうに言った。

「なんていうか……立ち向かうチャレンジ精神は感心しますけどね」

そう言うと、奏はすっと左手を横に一閃した………ディオは少なくともそれだけに見えた。

「…っは……」

 奏の目の前にいた男数人が首をかきむしる様な体勢でゆっくりと前に倒れこむ。ディオにもう少し優れた 動体視力があったのなら、奏の指の隙間に針が挟んであったのが見えただろう。
素早く投擲されたそれは、 寸分違わず男達の喉に突き刺さった。