「これが倉庫の爆破スイッチなのねぇ。いやー探したわよ。遠隔だとは思わなかったわー」
意外とハイテクだったのねぇあれ、と感心した声と共に広場に姿を現したのは、驚くほど色っぽい
少女だった。緩く三つ編みでまとめられた紅髪と顔の右側に彫られた不思議な模様の刺青、鎖骨の間で蒼い光を放つ“魔鉱石”が色気を助長して
いてなんだかドキドキする。
少女の手には鞭が握られ、先端には男が持っていたはずのスイッチがぐるぐる巻きになっている。
どうやら誰も認識出来ないレベルの早業で、男からスイッチを絡め取ったらしい。
少女はレイ達の方を見るとパッと表情をほころばせた。
「ごめんごめーん。遅くなっちゃったー」
「遅いぞ、メル。何で私がこんな馬鹿馬鹿しい芝居をしなきゃならんのだ」
「ごめんってばー。一発で奪いたかったから、気付かれなかった方が好都合だったんだもん」
「そのせいで子供が一人蹴り飛ばされた」
「うぅ…それは悪いと思ってるわよぅ……小さくて照準つかないんだもの……」
空になった手を震わせ呆然と立っている男を尻目に、メルは叱られた子供の様に唇を尖らせて身を小さくした。
それから手に持ったスイッチを一通り観察すると、
「えいやっ」
何の躊躇もなくボタンを押した。しばらくして、ズズゥン…という重々しい音と振動が広場と身体を揺らす。
悲しくなるほどの沈黙の後、
「ば、ばかかテメェらっ!ガキの救助に来たんじゃねぇのかよ!」
「バカは、おじさんじゃない?見てなさいよー。……〈加速〉」
近くの廃墟の壁に手を当ててメルが言うと胸元の魔鉱石が一瞬強い光を放ち、手が触れている壁全体が
ぼんやりと光る。そのまま浸透するように光が消えると、数瞬もしないうちにピシッと壁にヒビが入った。
ヒビはみるみるうちに細かくなり、やがて下からボロボロ崩れ始める。まるでビデオの早送りでも
見せられている様だ。あっという間に廃墟の壁半分ほどが消え去ってしまった。
「あ…………っ!!」
月明かりの差しこんだ廃墟の中を見た瞬間、ディオは思わず感極まった声を上げた。ディオと同じくらいの年齢の
子供達が大勢そこにいたのだ。ざっと見た限りでも30人はいる。
「全員、無事よ〜。無事じゃないのはあんたらが悪どーく貯めてきた、お・か・ね」
口を開けたまま愕然とする男に、メルはニヤーっと意地の悪い笑みを浮かべてウインクした。男はヒステリックに声を上げ、
「ち……ちくしょおおおおおおおっ」
抱えていたシェラをその場に叩きつけ、ナイフを抜いて振り下ろす。が、ナイフがシェラに触れる直前、
透明な壁に弾かれた様に男の腕が後ろにのけぞった。そのまま腕が空中で固定され、見えない糸で上からつられている様な格好になる。
「そんなこと、させない」
冷えたその声に、ディオはヨルの顔をみた。ヨルの眼帯から紫色の稲妻の様なものが現れ、意志を持つかのように
彼の周囲を取り巻いている。その一部が男の腕に蛇のように絡みつき、動きを操ったらしい。
「ば、バケモノっ!この、ばけものがぁあぁぁぁぁぁあぁっ!!」
「…何とでも言え」
半狂乱に叫ぶ男との距離を一瞬で詰めたレイは腰をかがめて拳を握り、思いっきり顎を殴り飛ばした。
ゴキッと生々しい音と共に歯が折れ、口からこぼれる。男は泡を吹きながら後ろ向きに倒れこんだ。
「化け物だろうと弱い子供だろうと、性根が腐った人間よりよっぽどマシだ!」
レイは吐き捨てるように言って、感情を抑え込むように深く息を吐いた。あまりにあっさりした幕切れに
ディオは呆然とした。頭がまだ混乱しているせいで、助かったという実感がなかなか湧いてこない。
「あ……あの…」
「おい。お前、親はいるか?」
とりあえずお礼を言わなくてはとディオが何か言う前に、レイは突然そう尋ねた。顔を下げて力なく
首を横に振ると、胸の中に新たな不安が襲ってくる。親を聞いたという事はやっぱり報酬とかを要求されるんだろうか。
「レイ、デリカシーって言葉知ってます?」
「は? いや、だって、聞くだろ?!」
「高圧的なんです。そりゃ子供も怯えますよ」
「…まぁいい。行くあてがないならここにとりあえず行け」
魂が抜けたように座り込んでいるディオの目の前に屈んだレイがコートのポケットから取り出したのは、
一枚の地図と今走り書きしたらしい誰か宛ての手紙。それをディオに握らせて、更に言葉を続ける。
「私の…知人だ。ラスティっていう死ぬほど胡散臭い奴だがそういうやつだから仕方ない。手紙を
見せればどこか保護してくれる所を手配してくれる。胡散臭い奴だが、信用していい」
信じられない言葉を聞いた気がして、ディオは目を大きく二度瞬かせた。「保護してくれる所を手配してくれる」いう台詞が頭の中で何度もループする。
命を助けてもらった
だけでも奇跡に近いのに、生きる道まで示してもらえるなんて、そんな事ありえるのだろうか?
そんなディオの胸中など知る由もないレイは淡々と話を続ける。
「あと10分もしないうちに知り合いの医者が来るから……」
「うわっ!レイ、大変です!」
台詞を遮ったのは奏だった。今時珍しい古い懐中時計で時刻を見ながら、奏は叫ぶ。
「もう5時です!急いで帰らないと、6時にレスタさんの犬の散歩の依頼入ってましたよ!」
「は?!奏!何で早く言わないんだ馬鹿!おい、お前ら、帰るぞ!」
今まで男達に武器を向けられても顔色一つ変わらなかったレイが、顔面蒼白になって路地の向こうへ
走り出した。3人と1匹もその後に続き、ディオ達の方を振り返ることなく走り去っていく。
台風が去った後みたいな沈黙が広場に落ちる。シェラと二人、広場に取り残されたディオはぽつりと呟く。
「…ギルド…あんな人たちも、いるんだ…」
ギルドは報酬を得ない限り働かないと聞いていたが、彼女らは最後までディオ達に要求しなかった。
命を助けてくれただけではなく、これから生きるための道を用意してくれた。
ゴロツキの男たちはレイ達の事を“ネームレス”だとか“化け物”だとか言っていたが、ディオはそう思わなかった。
「ヒーロー……」
そう、ヒーローだ。お話ほどカッコよくはないが、確かにヒーローはこの世にいたのだ。
何かが心にひたひたと満ちてくる。身体の痛みも感じなくなるくらい胸の鼓動が高まった。
「おれも……俺も、」
あんな風に、なれるかな。
感情が高ぶりすぎて言葉にならなかったが、シェラは理解してくれたらしい。隣に歩み寄って、そっと手を握ってくれる。
「…なれるよ、きっと」
はにかみながらシェラは言った。その顔を見つめ返して小さく笑いあい、二人はもうそこにいない彼女達
の背中を焼きつけるように、路地を見つめた。路地向こうの空が徐々に白み始めている。
新しい朝が、始まろうとしていた。